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さくらちる

現在の管理人たちばなです。
広告が出ないように更新しています。

3年前、初めて千鳥ヶ淵のさくらを見た。
日本だなあと思ったのを覚えている。

さくらが大好きだった彼。
息子の手を引いて見たかっただろうな。
まあ、浄土にはいつも花が咲き乱れているみたいだけど。

**********

泡雲幻夢

       モーヌ。






雨が 吹き 風が 吹く

忘れられた 月曜日の 千鳥が淵で

人かげ まばらに 濡れた ひるさがり

ぼくは 城塞の なだらかな 稜線を のぼって いった

ゆるやかな 長き 勾配を そぞろに

秋や 冬の 廃園の おもいでの なか

止んでしまった 沈黙に ついて いった

終始 花たちが ふる なかを

それら 深き 眠りを 醒めた ことばたちは

花びらの 小船に 乗って くるくると 回りおりてく 木霊たちで

額や 頬の 天窓を たたいては すべり おりて いった

“ 心みじかき 春の山かぜ... ”

ひとつの歌が くちのなかで もごもごと 生まれては 消えて ゆく





「 濠の みなもに 花びらが たくさん... 」

だまって 伴に 歩いていた ひとが 閉じ込められた

寂光を 打ち開いてゆく あかるい声を 天に 転がした

みなもに 桜いろに なびいて 見える 春の花嫁の ヴェールを

棹さす 一艘の 小船

ひとつの 孤影が 掻き分けて ゆくように

それを あげゆくように ゆっくり と 渡って いった

打ちけむる こまかな 雨が ふりかかる なかを

たった ひとりで

澪ひく かげに 想いは いつまでも むすび ついて いった





北の丸を そぞろ歩いた ぼくたちは 田安門を あとにする

城門の なだらかな 勾配を くだりながら

おりてくる 花たちの なかで

あなたの かげを 見失ったか と...

振りかえると 傾いた風景は 折り重なる 花たちで 覆われた

雪か 雲かと ばかりの いまだ 春の宴の空 だった

どうして 崩壊して しまわないのだろう...

戦慄が 走る

あなたは 立ち止まって こちらを見て 吹き立っている

ぼくは 明かりのない 胸のなかに

その かげを 呼び込んで ゆらぐ 焔( ほむら )を

消えないように 風たちから かこいながら

九段への ゆるやかな 坂を くだって おりて ゆく と

雨雲のむこうの 透明な薄暮に つつまれて いた






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梅が咲いた


現在の管理人、たちばなです。
広告が出ないように更新しています。
また一月経ったのかぁ…。

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庭の梅が咲いた。
庭の


地元の公園の梅。
梅01


めじろ。
梅02めじろ



花の季節が始まった。

梅の蕾もふくらんで


現在の管理人、たちばなです。
広告が出ないように更新しています…。

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梅2

梅1


 明日で、モーヌ。が空に還って3ヶ月になる。
 梅が好きな彼のために植えた白梅が、ころころとかわいい蕾をふくらませている。もうすぐだ。
 去年は一輪しか(!)咲かなかったのだけれど、それは今年のためにエネルギーを蓄えていたからなのかな…。


 モーヌ。の詩のノートから、9年前の今日の詩を。

 

あとで

          モーヌ。


あなたの古風な青春の匂い

舞曲の形式

惑いの輪 瞳

そのような光 そのような喜び

草原のからだ

見つけだした

幾なった苦しんだ魂の崖を

はいあがる

そよぐ蔦を引き

重たい飛沫をぬぐい払って





波底の都へ

星が墜ちる

いっせいに墜ちてしまう

中庸はなく

またたくまに空間は飲む





それらたちをくだき散らす

たのみ難い静けさ

途絶えた裂け目に

くだかれたものらのうえに

身のない偽装が寄せ帰る

また朝 また光 また天使!





誰かを考えられず

考えられたことは 注ぎ 反映を

うることはできない

とどかない まっすぐな路がうねらず

かげろうとたわむれている 遠いところ

はじまりとおわりが出逢う点

空しい魂が釘打たれている

青空の唄

ながれる 外から遠望された地球のいろが

やわらかに 内から反映し 滲んでいる

ぼくの網膜に ぼくの心に 内部に



1999.2.4





ひと月に一度


現在の管理人、たちばなです。

広告が出ないように、ひと月に一度は更新することにします…。

-+-+-+-+-+-+-

昨日、モーヌ。の職場の人が、デスクに残っていたものを送ってくれた。
ほとんどは持ち帰り忘れたらしい給与明細や、古い健康診断の結果などの書類関係だった。
他には…
会社のバッチ。(かわいい。大きくなったらるいにあげよう。)
会社のマーク入り印鑑2本。(これもかわいいけど、一般には使えない。)
名刺入れ。
グループ会社で作ったと思われる、交通安全の作文集。
古本屋のカタログが入った封筒が一通。
記念品のボールペン類。

書類に混ざって、メモが一枚出てきた。
裏に付箋紙が貼られている。
“班ニュースの原稿。 9/7”


 
 遅く起きた日曜日の午後、靴をひっかけて、多摩川の河原に行くと、夏の終わりに出逢った。彫刻のような入道雲は、地平のほうに後退して、天上はすじ雲やはけ雲なんかの秋の雲が伸びていた。中州に一羽の白鷺が垂直に長い形姿で立っていた。雄とした光景に相対する一姿…それは、フリードリッヒの絵の中の光景のようだ。彼は、その後退してゆく夏雲を凝視して動かず、小さな黒い瞳を澄ませている。
 行く春を近江の人と惜しんでいたのは、芭蕉だったけれど、ぼくは、行く夏をたたずむ白鷺と惜しむのだ。また、別の切れ切れのフレーズが浮かぶ。さらば、つかのまの夏の光……。




交通安全の作文集には、モーヌ。の作文も載っていた。
事故にあったときの描写が彼らしくて、思わず吹き出した。
会社で書くものにもこういう表現してたんだなぁ、って。



びっくりした


現在の管理人、たちばなまことです。

友人が「コメントが消えているよ!」と教えてくれました。
出先から帰り、慌ててブログを見たら、ここ一ヶ月のコメントが表示されていない。
焦る。
“らぷそてぃー”の記事自体、表示されなくて焦る。

…ブログの先頭記事に、広告が出ている。

一ヶ月以上更新されていないと広告が表示されますと書いてあったので、心苦しいながら、私がこうしてせこい更新をしています。
書くことで、コメントもたぶん、正常に表示されると思います。

ああ、びっくりしたぁ。

ROKURO IN ポエケット



大川を越えて、7月1日、両国の江戸東京博物館で、行なわれたイヴェント、東京ポエケットに、同人詩誌ROKUROを創って、参加しました。
じぶんが、このイヴェントに参加できるとは、思わなかったので、ふしぎな気もちがしました。
はじまりは、那津さんの暴走的なパッションと、そうして、中盤以降の実際面での、たちまこのスキルと編集の力で、立派な詩誌が、出来ました。
手に取った、ROKUROにゲスト参加してくれた、うわの空。さんが、” カッコいい ”といっていましたが、そんな出来です。


当日は、いろんなひとに会えました。
いままで、名まえだけのひとびと。


開始するやいなや、ぽえ会で、読んで知っていた、若い詩人のそうさんが、わざわざ買いにやって来てくれました。容姿は、キメキメのカッコの良いひとなのですが、話してみると、独特の味があって...
とっても、翳のあるさびしげなひとなので、びっくりしました。
というよりも、書く詩に、似ていたのかもしれません。
そうしたものって、あんまり、一致しないものだから、そう思ったのかもしれません。
ふわふわふわふわと、孤立したボヘミアンみたいに、会場内外を彷徨っていました。...


近くのブースに、文学極道で名まえと、作品だけ知っていた、ケムリさんと、かるやゆうこさんが、いました。ケムリさんは、こざっぱり、あっさりとした感じで、ピンクのさわやかなシャツに、山羊髭をたくわえていて、意外な印象を持ちましたが、実は、ふところに、短剣を隠していそうなところが、らしいな...と思いました。
文学極道で主宰者に、リルケだ...なんて、いつも褒められている俊秀、かるやゆうこさんは、ジャニス・ジョプリンみたいな、髪型に服装で、異彩を放っていました。顔は、誰かに、似ているな...と思っていたら、”ああ、ジョルジュ・サンド... ”と、あとで、思いあたりました。黒目がちのおおきな目を、きらきらさせて、店番していました。


いつも、ぼくは、間違ってしまうのだけれども、現代詩フォーラムで、拙い作品に、ポイントをくださっていた、夏野雨さんが、個人参加されていて、ぼくは、すっかり、演劇青年な詩人だと、思っていたら、やさしそうににこにこしている小柄の女のひとが、座っていたので、また、間違っていた...と思いました。
名のらずに、詩集” みずのうつわ ”を、購入しましたが、あとで、ROKUROのブースで、店番をしていたら、買いに来てくださって、少し話も出来ました。
まったく、いつものように、初対面のひととは、上手く話せないので、ずいぶん戸惑わせてしまったのではないかと、冷や汗でした。
住んでいるところなどの話になり、詩に神田川などが、出てくる詩が、あることなどの理由が、わかりました。詩人の地誌を知るのは、たのしいことです。
この小声で話すひとが、舞台女優で、ステージに立たれると、大きな声で、はっきりと語られるのかと思うと、ふしぎな感慨が、ありました。
さいごに、握手を求められましたが、やっぱり、その手も、アルカリ性な小さな手でした。
夏野雨さんの詩集”みずのうつわ ”は、次の日、病院で、点滴の日だったので、寝台で、横になりながら、ゆっくり読みました。作者を知ることで、得るものが多かったので、後日、感想など書けたら良いと、思います...
とりあえず、”エスペラール、エスペランサ ”と、いっておきましょうw
( 一緒に売られていた、童話集も買えば良かったと、後悔しています。お金を節約して、買わなかったのでした。... )


個人的に、あと、光富郁也さんの個人文芸誌” 狼 ”の文学極道特集13号を、買ってもらいました。なんだか、ウェブ上で知っていた顔の通りのひとで、気恥ずかしく、たちまこに買ってもらいました。13号は、売り切れたそうで、早めに買ってもらって良かったです。
限りなくバーチャルとリアルが繋がるって、変な気分です。
そういえば、今回、ROKUROブースに参加していただいた、ヨケマキルさんを見たのも、2年前のポエケットで、そんな感じがしたものです。


となりのブースで、売っていた、犬飼愛生さんが、交際上手で知り合いも多く、詩の雑誌” 詩学 ”で賞を取ったとかで、ブランド効果も相乗して、飛ぶように売れていたので、やっぱり、詩誌で名まえを売るって、たいしたことなんだなあ...と、マーケティングの面で、考えさせられました。
ほんとうに、読者もついているようで、よろこんで、残酷なように破れた顔で、あいさつしてゆくひとびとの群れを見て、考えてぼんやりしていたら、来場された、志麻さんが、手をぼくの目の前で振って、” だいじょうぶ? ”といっていました。
” ありがとう。w ”


あと、ROKUROにゲスト参加してくれた、若き詩人たちのひとり、かわりもとかおさんにも、はじめて会いました。
彼女は、たちまこの元生徒さんで、” 可愛かったでしょう。 ”と、たちまこは、いっていましたが、札幌で会った、元生徒さんたちもみんな可愛らしかったので、みんな会った生徒さんは、可愛いねといったら、そうだといっていました。( ほんとうに、そうなんだそうです。 )
良く笑顔を見せるひとで、ぼくは、孤絶した、隠遁療養生活をしていて、そんなのを、ふだん、見ないせいもあって、涼風が吹くようでした。
彼女も、ROKUROに載った詩を読めば、壁を叩いている、ひとりの心の狩人__旅人です。
そうさんや、うわの空。さんや、イチカワナツコさんや、みんな、そんな、ひとつの人生のエコールを、くぐり抜けています。...
そうして、その日は、そんな笑顔ばかりでした。夏野雨さんや、うわの空。さんや、kikkiさんや、志麻さんや...
そのとき店番をしていた、ムラコシさんは、彼女にこっそり、芸人みたいなひとと、いわれていました。なんだか、おかしかったです。眼鏡のせいかな...ムラコシさんは、生徒さんたちにおぎやはぎなんて、いわれていたし...


ミュージシャン仲間でもある、ヨケマキルさんや、那津さん、うわの空。さんは、みんなでライヴイヴェントをしようなんて、話されていたようで、身体性のある、音楽家たちは、向日的でうらやましいな...と思いました。( 実現できると、良いですね。 )


ぼくらのもうひとつとなりのブースは、知り合いがいなくて、閑古鳥でした。
ぼくらは、ぽえ会のひとびとの来襲で、にぎやかに時を過ごせて、たのしかったし良かったです。ぽえ会さまさまです。未見の、timoleon さんは、体調が不良で、来場できず、お会いできなくて、残念でした。でも、きっと、そのうちに、会えるでしょう。
ほかに、顔をだしていただいた、りゅうさんも、西山海音さんも、ありがとうございました。


今回は、遠方のため、実際には会えなくて、ROKUROにゲスト参加してくださった、イチカワナツコさんや、安西いすゞさんにも、会ってみたいと思っています。来年は、京都の大学へ、たぶん進学される、安西さんと、大阪のナツコさんと、関西オフをできたら良いなあと、こっそり、夢想しています...


読んでいた本に、こんな一節がありました。


" 偉大な詩がうまれる土壌は、批評家のペンが書き散らす無味乾燥なものなどではない。むしろ、ひとの美しさ、その家やその接待の魅力、友情、夢、親切、そういうものが不滅の詩をはぐくみ育てる、とイェイツは確信していたのだ... ”


さて、ROKUROは、このあとも続けられればと、思うのですが、両輪たる、那津さんと、たちまこの、そうして、ぼくらの胸三寸です。
良い感想が、聞かれるとうれしいです。
ブログをたまたま読んで、見てみたいと思われた方が、いらっしゃったら、→http://murasaki.moo.jp/rokuro_index.html を、ごらんになって下さい。通販もしております。


( 写真は... )

☆店番をする、局長、那津さん。
☆ぼくと、そうさん。
☆ROKUROが、知り合い以外に売れる。店番で笑顔なのは、うわの空。さん。
☆たちまこ、かわりもとかおさん、那津さん。
☆左から、素敵な帽子のヨケマキルさん、志麻さん、kikki さん、あまねさん、うわの空。さん、半分でうしろ姿のモテ☆ムラコシゴーゴーさん。
( 写真出すのは...という方は、申し出てください。でも、ほとんどピンボケで、ぼかし入っていますが...撮影者が、ぼくのため。 )









ROKURO rock and roll



久しぶりに、ここに来れました。


どうも、身辺雑記、じぶんが、思うことなどを、書くことに、意義を見出せなかったことと、からだが、いう事を聞かない日が、多くなってしまったことで、やめていました。
でも、なんだか、ぽえ会で、知り合った、那津さんが、軽快に遊びに来てくれて、そのやりとりで、ぼくのブログは、生き残ってきました。
去年の秋からだから、ずいぶんですが、ぼくが、日記をつけることを、しないので、見ると、いろいろ忘れてしまったことどもが、書いてあって、おもしろいです。大事なものたちが、そこには、少しぞんざいに、書かれて、存在しています。


そんなふうに、ブログなんて、気張らずに書ければ良いのでしょうけれど、どうも、そうは、ゆかないのです。
むかし、ぼそっと、志麻さんに、ぼくの書くものが、文学的、あまりに文学的な...それと、いわれましたが、そんなところも、あるようです。


いちおう、せんちめんたる・ふーるも、2年になりました。
いのちをつないで、いられるうちは、どうにか、つづけてゆこうと、思います。
数少ないけれど、見てくださってくれる方もいられるようなので、おもしろい話など、できたら良いなあ...と、思います。
Be a clown という、コール・ポーターの曲で、ジーン・ケリーとジュディー・ガーランドのダンスが、見られる映画が、ありましたけれど、あんなふうに...


その、那津さんのおかげで、こんど、ROKURO という、同人詩誌に、参加させてもらうことに、なりました。
ウェブで、詩を書き始めて、3,4年経つのかな...2度めの、自詩の活字化です。1度めは、おまけだけれど、休刊になった、ミッドナイト・プレスという詩誌に、わりと大きくとりあげて、もらえました。
改行も恣意的で、ふーんとか、思っていたのですが、それが載った本を、たちまこが、にこにこして大事そうに、両腕で抱えて持っていたのを、凄く、思い出します。
それの方が、うれしかったようなものでした。
あたりまえですけれど、今度は、しっかり、立派に載るので、高鳴りがあります。( 小さな世界ですが... )


この詩誌は、7月1日、両国の東京江戸博物館のポエケットで、ブースを出して、店売りします。
ご覧になって、お閑が、ある方がいらっしゃったら、ぜひ、ROKURO のブースに、お越しください。お茶でも...( 出せるのか知ら? )
ほかに、たちばなまこと詩集等等、置く予定です。
といいつつ、まだ、鋭意製作中なのですが...


たぶん、ばらばらな、日本WEB詩人会で、まとまって、同人誌を出すなんて、草創のころの方たち以来なのでは、ないか知ら。
ぽえ会は、ゆるさもある、良い板なのですが、そうした、ムーヴメントが、興らない冷めた板でも、ありましたが、もっと、活性できる一助になればなと、思っています。
どうも、狭い世間によると、ウェブ三大詩板は、現代詩フォーラムと、文学極道と、ポエニクなんだそうです。
こんな、ばかなくくりを、なんとか、覆したいとも、10年前だったら、思ったでしょうが、それは、那津さんたちの、仕事かもしれません。
でも、那津さんは、そんなことに、無頓着で、飄々としているところが、おもしろいです。たぶん、ぼくがいったところで、” 別に ”というでしょう。それが、ぽえ会らしいし、ROKURO なのかもしれません。


同人4人( ぼく、那津、たちまこ、ムラコシ剛 )のほかに、ぽえ会から、気鋭の安西いすゞさん、うわの空。さん、イチカワナツコさんが、参加しています。そのページだけ、読むだけでも、代金ぶんのもとは、とれるはずです。


こんなところです。


ぼくの病気も、こんなひとびとの跫音で、陽気な音たちが、鳴っています...


ああ、ポエケットに、来られない方でも、通信販売ももちろんいたしますので、よろしくおねがいいたします。











すいーと・こみっく・ヴァレンタイン




このブログも、年を明けぬまま、2月半ばになりました。
正月明けから、俄かに、容態が急変しまして、あんまり良くありません。
まあ、書けるだけ、書いてゆこうと思います。


“ 海の街の古書店閉じてつまらなし街は海ごとひかり失う ”( 山下 泉 )


こんな歌のようなことがあって、たいへん、がっかりしています。
二遊館書店といいました。ぼくが、病気から回復しようと、運動でゆく街に、その古書店は、ありました。ただただ、街のひかりが、失せてしまった嘆げかいに、覆われました。


体調も良くないのですが、オフを連休で、やりました。
あたたかなひとたちが、あつまって、気のおけないやわらかさが、ありました。
話に、あんまり加わらず、ぼくは、ひたすら、カニを食べていたのですが、おもしろい素顔が、横目から、ちらほら、見られました。
オフで、ネット上の詩人と、会ったりして、ぼくのあたまのなかでの、詩人らしき風貌のひとは、那津さんと、ヨケマキルさんかなあ...と思いました。
このふたりは、ちょっと見ても、おもしろいのです。独特のおしゃれ感をしているし、含羞があって、それが、身振りや行動を、コミックにします。
顔のスクリーンに、このひと、子どものときと、変わらない顔なんだろうなあ...と思わせる、表情を、ぱっと映すので、愉快な気もちになります。
稀な、純情を拾うことが、あります。
金子光晴が、詩人は、皮膚のうすいところが、ある。と、感覚的な、表現でいっていますが、それは、そんなところに、見えているものなのかなあと、思います。
行方不明の、マーガリン猫氏なども、詩人ぽいけれど、それと、この二人とは、また違うようです。
風貌という点で、猫氏は、違うかな。かれは、おしゃれでは、ないようだしw
yandiさんが、わりと観念的で、びっくりしました。
かれと、那津さんとのやりとりで、直感と気分を大切にする、那津さんに、かれは、論駁するのだけれど、噛み合わないのは、あたりまえで、那津さんには、行動ありきなのだから...けれど、なんだか、~をするということに、かれの隠している、絶望が漂って、那津さんなどよりも、少し年長の哀感が、ありました。
( ぼくは、ひそかに、絶望なども、じつは、観念的なのでは...と、思うところで、ありました... )


志麻さんが、連れてきた、お子さんのりゅうきくんが、“ 昔ながらのやきそば ”というのを、旺盛にたべているのを見て、食べたかったけれど、消化器と、相談して止めざるおえませんでした。( 昔ながらって、いつが昔?って、すぐに、ムラコシ剛さんが、つっこみをいれていて、おかしかった。かれらしくって。 )
けれど、翌日のお昼に、やきそばを食べてしまいました。
とても、おいしそうにものを食べる子で、見ていて、うれしくなりました。
ものを、おいしく、たのしい思いに、見ているものをするひとって、良いな。


と、ひさしぶりに、ひとびとと会えて、少し元気をもらいました。
とにかく、ことしは、こんなひとたちと、冊子が、つくれたなら、良いなあと、スイート・コミック・ヴァレンタイン...の夢を、見られました。







TVの国から...




ことしも、いつの間にか、おしまい。
うたかたの、あんまりに、忘れてしまうことだから、ことし見た( 観たではありません。 )テレビのことなど、ちらほら書いて、としを暮れさせようと、思います。


夏ごろ、入退院を、くりかえしながら、ダンドリというドラマを、見ていました。
消灯後も、ひそかに、見ていて、思い出深いものでした。
低視聴率だった、打ち切りもうわさされていたドラマ。なぜなら、ここで描かれた、彼女や、彼たちの苦悩が、あまりにも、それに価しない、生ぬるいものに、感じられたから...
たぶん、ストーリーを追うと、すこし、ばかばかしくなるものでした。
けれども、はじめて主役を得た、榮倉奈々の等身大のひたむきさとかの、気もちや、演技とリアルの境目の無いドキュメントのゆらぎとかが、よく生きていて、画面を躍動してゆきました。彼女の真剣に、賭けられた、幾ヶ月かが、あんまりに虚しく、きれいに、火花をちらすので、ぼくもまた、ひとつの虚しい火のように、ひとつの夏と、ひとりのひとを、見ていました。演じることの不可能が、そこにはあり、再現することのできない、いってしまったもの、生まれながらの郷愁が、さらさらと遠ざかる...あとには、何も残らない、生きたライヴ感が、ありました。青春の後ろ姿...歌詞のような、そんなものかも知れません...
ロケ地が、自宅の周辺だったので、ドラマが済んだあと、自転車で、おとづれてみました。
( ああ...でも、風が、初秋のなかに、連れていってしまった。 )
ドラマから、遠ざかって、多摩川を渡って、稲城のほうへ、いってみたら、そこは、梨の里で、ひろがる果樹園のなかを、あかるい光線のなか、走ったのは、こころよいものでした。
それらの速度のなか、榮倉奈々の存在が、風景に、溶け去ってゆきました。

" さらばうつくしき夏のひかりよ ”( ボードレール )


純情きらりと、のだめカンタービレ。
ふたつとも、ピアノを弾くひとのおはなし。
きらりの宮崎あおいは、ジャズ寄りの。のだめの上野樹里は、ばりばりクラシックの。
きらりのほうの、セントルイス・ブルースや、サニー・サイド・ストリートや、のだめのほうの、ラフマニノフや、シューベルトや、シューマンは、たぶんことしを、思い返すたびに、思い出すでしょう。
このあいだ、ぽえ会の忘年会で、nonyaさんが、のだめの上野樹里を褒めていたけれど、天才に生かされている、吹き抜けがあるところが、愛らしさを生み出している、ところなのかなあと、思ったりしました。巫女のような、憑かれた感じがあって、ああいうふうに、弾くひとって、たしかにいるのでした...若き日のマルタ・アルゲリッチとか、背をかがめて弾く、グレン・グールドみたいに...
抜けっぷりと、ずぼらさのために、きれいにみえるときと、ひどく醜悪に見えるときがあって、その往還に、ぼくは、とまどい、ゆらいでいました。
...のだめの最終回は、めずらしくラブシーンが、きれいな、絵的にも良いものでした。
別に、何てことは、ないのでしたが、ただ、良かったなあと。


テレビの話は、これくらいで。
ことし、さまざまな方が、この痩せたブログにも、訪問してくださって、コメントを寄せてくださいました。( ホームページの掲示板のほうも。 )
とても、励まされました。
ありがとうございました。
よいお年を。





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北海道の旅から




しめやかなる恋の多くありさうなる郷なり、詩人の住むべき都会なり。

札幌は秋風の国なり、木立の市なり...
                        石川啄木


札幌は、なつかしかった。
もう、来られないんじゃないかと、予感もあったから。
そうして、それは、啄木が、書いたような、街だった。
たしかに、車窓に流れた、街の影が、ぼくの追憶を、誘っていた。
真駒内、円山の道路ぞいに、ひろがった、秋の木立の色づきは、しっとりと濡れたひとの、ひきこむような、表情があった。地の唄だった。光線が雨の日で、弱かったので、いっそうそれらの声を、大きくしていた。
ひかりが、閉じてからではないと、あらわれない、語らないものたち...
求心を解き放つ、語らいが、秋木立の街と道を、静かで、激しく実った、季節の唄を籠めて、響かせて言った。冬は、もう混ざり合っていた。啄木の見たものが、時を縫って、重ならないで、幻視された。
それらのもののなかに。しめやかなる恋のような、秋風のような、木立をそぞろあるく
詩人のような...
詩人の住むべき都会なり...
妻のたちばなまことも、そんななかから、空を引き裂いて、やって来てくれた。
たいせつな、時の継続のなかで、こんなことが、かって、書かれ、ぼくは、読んだ。



やつら光る
プラチナ
囲まれて気付かず
はしゃぐ
飛び込むには狭い胸
日替わりで
飛び跳ねておいでプチプラチナ

キラリ光る
プラチナ
行けども行けども太陽ばかり
光を追って
一本やりで
黒い鉛に溶けぬよう
今だけは
正面だけ見る資格を
まっとうして
プラチナ
燃え尽きないでプチプラチナ

                    プチプラチナ たちばなまこと



プチプラチナ...それは、洋裁系専門学校の教諭だった、彼女の教え子たちのこと。
ほかに、こんなのも読んだ...



いつだって突然に降りそそぐものだから 困る
夢いっぱいの笑い声と
夢いっぱいの歌と
ゆるやかな風
熟れ桃色の雲に 許されていて

薔薇でいっぱいの肺胞から
溜め息ごとに漏れる花びら
振り子のように机におちて 白い紙に色を染める
私が夢だった頃には
あのこたちのように大きな声で
叫んでいた
本能そのものを
教室に置き去りのペットボトルのことなんて
明日には忘れていた
飛び込むためなら何でも捨てて
泣いて笑って溺れに行った

降りそそがれて こみあげて
横っ腹の皮を掴んで
おなかがすいたよ と
思い込ませていた
プチ・プラチナ達がさよならを告げて
フェイドアウトの靴音と静寂が 四小節で流れていった
やさしかった

瞳の裏側が痛くって
私はとても素直だから と
確認したりして

                 プチ・プラチナの放課後 たちばなまこと



ぼくの知らない、彼女の人生、彼女の育んできたものを、あたたかな北の風とともに、ぼくは、告げられる。アクティブとか、エモーションとか、そんなもの。生き生きと、躍動している、舗道をたたく、ひとつの組の靴音が、継続的にしてゆき、つづいていた。
何処に?...彼女の、ぼくの胸のなかの、何処かで。
あたたかいまなざしで、みつめられていた、たまごたち、あひるの子たち...
こんどの旅で、ぼくは、偶然、見ることになった。
坊やの服が、持ってきたのより、足りなくなったので、札幌のパルコへ、少し寄ったゆえに。
そこには、元のプチプラチナたちが、いた。
“ やつら光る ”3人がいた。どの娘たちも、元の先生に会って、顔をかがやかせていた。相好をくずしてした。太宰治だった...ひとにあったときに、会った先から、相好をくずしてくれるひとは、愛してくれているひとだと、書いていたけれど、彼女の、いままでの人生の、或る、小さいけれど、持続的な勝利を、確信できた時だった。
紙片から、ことばが、羽をはやして、ころがった。それは、みにくいあひるの子のように。
やがて、あひるの子は、白鳥にすがたを変えて、飛び立った...この詩人の住むべき、街の空に、地に、空間に。水際に立つそれらの娘たち。さりげない交歓であったけれど、プラチナみたいに、かがやいていた。みんなきれいだなあと、思った。白鳥が、羽をひらいて見せる。
すぐに、それは、すれちがって、通過してゆく時だった。トランスファーのように。
ただ、愛情が、星のように、そこには、残される。良く晴れているから、良く話すように、またたく星が... 残った。( ぷ ら ち な ... )
帰るときには、雪が降った。北の詩人の国は、冬に入っていった。



写真は、苫小牧ウトナイ湖での白鳥と、小樽花園橋からの紅葉と鉄道線路。


 


Appendix

プロフィール

モーヌ。

  • Author:モーヌ。
  • 書いた詩を、置いています。

    サイト名は、ある日、指揮者のトスカニーニが、記者に、同じ指揮者のブルーノ・ワルターの、人柄のことを、聞かれたとき、
    「 ワルター?あいつは、センチメンタル・フールだ。」
    と、言ったことや、シーナ&ロケッツの、”真空パック”というアルバムに、センチメンタル・フールという曲が、あって、そんなのから、取りました。...

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